2007年12月アーカイブ

【冬期休暇のお知らせ】

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  12月22日(土)~1月6日(日)まで、

  冬期休暇のため閉室しております。

  1月7日(月)より開室いたしますので、

  よろしくお願いいたします。

 

  みなさま、

  ステキな年末年始をお過ごしください!!

 

 

 

 

雲間から差し込む光

  こんにちは。「小春」です。今日は空気が冷たいですね。

 11月末から始まった、私のとりとめのない話を読んでくださっている皆さん(・・もしおられたら^^;)、 ありがとうございます。今日が年内最後の書き込みとなります。

 今日もまた私の体験・経験から(・・・毎回私事が多く申し訳ありません)。

 私は大阪市内の下町に生まれ育ち、中学3年の春に同じ大阪府下の自然が一杯の地域(ひとことで言うと「田舎」?)に引っ越しました。それまで大規模ショッピングセンターだと認識していた大手スーパーが、引越し先ではなんと2階建てで、下りのエスカレーターを散々探した結果「下りは階段のみ!」とわかったときの衝撃。前と同じ生活ではなくなったんだ・・ と大げさに落胆した瞬間でした。

 その一方で、生まれて初めて日常空間にいるカラスを目にしたり、春の田んぼの肥やしの香り(もちろん有機的な!)を体験したり、ウシガエルの大合唱をききながら眠りについたり・・と、それはそれで驚きあきれつつもけっこうワクワクしていたような気がします。今思えば・・ですが(笑)。

 その地で最も私の目に焼きついた「生まれて初めて見たもの(光景)」、それは「雲間から差し込む光の線」でした。それまで、漫画や絵で「日差し」を表現するためにやむなく「線」として描いているのだとばかり思っていた私は、目の前に広がる大空(家は山の中腹?山の中?にあったので・・)、そこに浮かぶ雲、そしてその雲の間からまさに線となって地上にさしている「光の線」を目にしたとき、「光ってほんまにあったや・・」「ほんまに線みたいなんや・・・」とまるで幼い子どものような感想・声にならないつぶやきとともに、言いようのない感動に包まれながらしばらく眺めつづけていました(それから10年余りをそこで過ごし、数え切れないくらいの「光の線」を目にし、後には電車の中からも普通に見られる光景なんだと気づいたりもしました)。

 すでにその地を離れて久しいですが、年月を重ね「中年」と呼ばれるようになった今、その光景を心に描いたとき改めて胸に広がる思いがあります。それはあの「光の線」はそこに「雲」があったからこそ目に見えていたのだろうということです。雲ひとつない真っ青な空だったら、確かにそこにあるはずの「光」の存在を実感を伴って認めることはなかったでしょう。降り注ぐ日の光をさえぎる雲がそこにあることが、そこをくぐってさらに地上にまで届く光の存在・ありがたさに気づかせてくれる・・・そんな風にいえるかもしれません。

 あるけど気づかないもの、あると言われても信じられないもの。それらは自分にとって「真にある(と言える)もの」なのかどうか・・という奥深そうな話はさて置き、一見ないほうがよいと思えるものが、実は大切なものの存在をかえって実感させてくれているということがいろいろあるんじゃないかな・・・そんなことを想う「中年」の年の瀬です。

 皆さまにとって(私にとっても!)、残り少ない2007年および新年が、たとえ「雲」があったとしても、「雲間から差し込む光」が実感できる日々でありますようにお祈りいたします。来年もどうぞよろしくお願いいたします。 

 

 最後に・・・今日のブログを書き終えた私の心境にピッタリな曲の1節を。つい最近再放送していた『1リットルの涙』の主題歌から・・

         ♪・・・・・雨雲が切れたなら 濡れたみち輝く 

                     闇だけが教えてくれる 強い強い光・・・・・・・♪  

  

 長文失礼いたしました。来年は「もう少し簡潔に・・」を目指したいと思います。皆さま よいお年を。

 

 

「電話は苦手」の意味

 こんにちは。今週もやってまいりました。「小春」です。今日はとてもよいお天気で、窓から見える風景も何だか違って見えるようです。

  さて、本日は前回に引き続き、会話に関する私の経験(失敗?)談を。

 私が社会人学生だったころ、同じゼミの若者たちと電話の話題になったときのことです。ある男子学生が「込み入った話の場合は電話ではちょっと・・・。うまく伝えられる自信がない。」と言いました。確かに電話は顔が見えない分相手の反応が感じ取りにくいし、声や話し方の特徴から誤解を与えたりすることも。だから、重要な案件はできれば直接会って話すほうがよいとも言われます。

 そこで私を含めた何人かが深くうなずきつつ「同感!電話で大切なことをきちんと伝えるのは難しいよね。注意が必要な大事な内容ならなおさら緊張もするし・・」と口々に経験談を話し始めました。

 するとその時、日頃から彼と仲の良い学生がひとこと。「電話だと自分の姿が相手に見えないからプラス要素がないっていう意味で言ってるんやろ?」 かの男子学生はニッコリして言いました。「うん!会って話す場合ならたいていはうまくいく自信があるんやけど・・・。」私たち「・・・・・・・。」

 そうです。彼は非常にさわやかな風貌の好青年。会って話す人には言葉以前にまず「好印象」を持ってもらえるという自信も「実績」もあったのでしょう。その話しやすい状況の中ならばうまく伝えられるけれど、電話の場合はその事前の「プラスアルファ」がないので・・という話なのでした。

 この男子学生の、自分自身の特性とセールスポイントを大いに自覚した「プラス思考」と、それを皆にあっけらかんと表明する「天真爛漫さ」に、ただただ「脱帽」。何ともいえない新鮮さを感じるとともに、人の話を自分との共通部分につい引き寄せて聴いてしまい、すっかり相手を理解したような気になってしまうことがあるということを心に刻んだ、印象深い出来事でした。「今また自分はそうなっていないか・・?」と、時に自分を振り返る必要があると感じています。

 

クリスマス前のクリーン中崎町

こんにちは。センタースタッフの藤本です。街はすっかりクリスマスムード一色です。赤に緑に白に銀に金にとまばゆい色のイルミネーションが、この季節の冷たい空気の中では、いっそう際立って目に飛び込んでくるような気がします。

さてさて、師匠も走り回るほど忙しい12月の5日の夕刻より中崎町の地域のみなさん、「おしゃれに たのしく かっこよく」環境美化による街づくりの活動を展開する“スマイルスタイル”のみなさん、そしてECC各専門学校の学生ならびに教職員が元済美小学校に集まってくださり、協働で中崎町の清掃活動「クリーン中崎町」を実施いたしました。寒さ、暗さもどこ吹く風。和気あいあいと、交流をはかりながら、暗いなかにもかかわらず、吸殻等の小さなゴミも目を凝らしながらも丁寧に拾っていただきました。この活動が楽しいクリスマス、気持ちのいい新年を迎えるにあたっての下準備となったならば素敵なことですね。

中崎町の地域のみなさま、スマイルスタイルのみなさま、ECC各専門学校の学生ならびに教職員のみなさま、おつかれさまでした。そして、ありがとうございました。この活動が広がりをもち、ますます地域のみなさまやスマイルスタイルのみなさまとのつながりを深め、共に発展するよう、今後ともよろしくお願いいたします。

 

ある日の出来事

 こんにちは。皆さまいかがお過ごしでしょうか? 2回目登場の「小春」です。

 いよいよ12月に入りました。まだまだ年末までには時間がある!と思いながらも、ふと「師走」という言葉を思い浮かべると、やはり何となく焦りを感じてしまいますね。 

 そんな私が、思いがけず認識を新たにしたある日の出来事。

 気心の知れた何人かの方々と会食したときのこと。その方々にずっと以前から勧めていただいていることに私が未挑戦であるということが話題に。「実はそれと似た違うことに関心があって・・」と正直に話した後、勧めてくださった方々への申し訳なさから「私ってへそ曲がりですよね・・ 天邪鬼(あまのじゃく)・・^^;」と自嘲気味に言葉を付け足したところ、その中の外国人の方が「それはどんな意味ですか?」と質問。とても日本語が堪能な方なので、皆が口々に例などを交えつつ説明を始めたのですが、聞いているとそのどれもが私の抱いていた「へそ曲がり」「天邪鬼」という言葉のイメージよりもかなり悪い・・(汗)。勧めたことをやらない私への怒りからそういう説明になったというのではなく、やはり言葉そのものに抱いているイメージの違いを実感。その語を自分自身について使った私は慌て、みなの説明に「なるほど・・」と納得しているその方に、私のイメージからの苦しい説明を試み、ついにはその場にいた皆さんに「正直言って、今とっても焦っています。必死でへそ曲がり・天邪鬼をフォロー中です・・」と情けない告白。皆の大笑いを浴びました。

 思えば、言葉はとっても便利なものである反面、それぞれの言葉についてのイメージが違っていることに気づかぬままだと、その言葉を使えば使うほど驚くような行き違いや誤解を生む危険性もありますね。辞書的な意味の単純な覚え間違いだけでなく、その言葉にまつわる感情的な体験などからくるイメージの違いなどもあるのではないかと思います。後者の場合はまさに「聴いてみないと、話してみないとわからない」ことですね。

 何だか会話がかみ合わないな、話せたという実感が得られないな・・・と感じるときは、実はそんな小さな「ズレ」がそのままになっていることがあるのかも。かみ合わない会話に気づきながら表面的なやりとりをただ続けるばかりではもったいない! 「もしかしたら・・?」と考えてみる柔軟さや、それを相手にフランクに尋ねてみる小さな勇気を持つことで、初めは遠く感じた相手との距離がかえって一気に縮まる・・なんていう予想外の嬉しい展開もあるかもしれませんね。

 今回は日本語を母国語としない方の素朴な質問から、日常忘れがちな、「言葉」の思いがけない一面に改めて気づくことができ、よかったなと思っています。 

 ちなみにその後の私は・・というと、辞書的な意味プラス「・・でも憎めない人」といったイメージでわが子にもよく向けていた「へそ曲がり・天邪鬼(その他「つむじ曲がり」なども)」という言葉を、口にしそうになっては飲み込むことが増えました。わが子がどんなイメージでその言葉を聴いているか、これまで一度も考えてみたことのない自分だったということにも気づかされたというわけです・・・(反省)。