コミュニケーションアーカイブ

祝★緑帯!!

こんにちは。
久々登場のセンターの井上です。
学生のブログ、とってもいいですよね~。
私自身もとても楽しみにしています。

さて、今回のブログでは先週の手話do場についてのお伝えしようと思います。
みなさん、こちらの表は覚えていますか?

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手話do場に参加すると1回につき1枚シールを貼ってもらえます。
その数に応じて昇段できる!というこのカード。
今回3回目ということで緑帯になったメンバーがいるので、昇段の儀式を行いました。笑

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にっしー先生「みどり!」

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みんな「みどり!」

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にっしー先生「みどり、みどり、みどり、みどり!!」
みんな「みどり、みどり、みどり、みどり!!」

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にっしー先生「おめでと~~!!!」

と、このように「みどり」の手話を交えながらの昇段の儀式がおわり、記念撮影へ。

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次回以降も昇段する学生がいっぱい出てくると思うと楽しみですね。
7月も手話do場は続きます。
みんな次の帯を目指して楽しみましょう~♪
新メンバーもお待ちしております!

★7月度手話do場★
●日にち●7月10日(水)、7月24日(水)
●時間●17:00~18:00
●場所●ECCコンピュータ専門学校1号館205教室
●内容●
1、手話の基本(自己紹介、挨拶など)
2、手話ゲーム
3、手話うた など
●講師●
西﨑 隆志 先生(にっすぃー先生)
手話エンターテイメント発信ネットワークoioi副代表
ECC国際外語専門学校・コンピュータ専門学校 学生相談室 相談員
「手話をはじめて12年目になります。手話は目で見て通じ合う言葉です。手話でコミュニケーションを楽しみませんか♪ご参加お待ちしています。」

 

第1回★手話do場開催しました!

こんにちは、センターの井上です。
大阪でもついに梅雨入りしましたね~。
気温は少し過ごしやすくなりましたが、雨や湿気は困ったものですね。
くせ毛持ちには悩ましい季節です。

 さて、先日ついに手話do場がスタートしました!
この手話do場、とってもとってもたのしいんです。

まず、この参加表。

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夏休みのラジオ体操を思い出してわくわくしませんか?

10回 参加すると、西﨑先生の名札のように、黒帯になれます!

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本日初回のみんなは、白帯からのスタート。
黒帯になったときには、どれだけ手話のことをしれているんだろう・・・、と考えると俄然やる気も高まります。

また、この場がより過ごしやすい雰囲気になるように、卒業生のあおいちゃんがBGMをセレクトしてくれました♪
今回はスティービー・ワンダー。
うん、とても素敵でした。

さて、第1回★手話do場はじまりはじまり~♪
まずは、手話do場ってどんな場所なのか、西﨑先生(この場では、にっすぃー)がお話ししてくれました。
この手話do場、一般的な手話の講座とは一味違います。
手話の基本を学べるだけでなく、参加者みんなと手話やジェスチャーをつかって仲良くなれる!というプログラム。
コミュニケーションの方法の1つとして手話を用いて、手話を学びながらコミュニケーションを楽しんでいきます。

まずは、学びのそのイチ!
手話で名前を伝えよう!!

指文字表を見ながら、自分の名前が手話ではどう表すかを知ります。

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覚えたら、ペアになって「あなたの名前はなんですか?」「私の名前は○○です」という練習をしました。 
にっすぃー先生の教え方がとってもユニークなので、みんなは終始えがおえがお。

学生たちからの質問も積極的に出ました。

学びのそのニは身体で表そう! 
とてもたのしいジェスチャーゲームをしました。

背中にペタペタとお題が貼られ、ペアになった人に言葉は使わずに身体で表現してもらい、何かを当てるというゲームです。

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みんな身体全体でなんとか表そうと必死です。笑

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最後の1人が答えられるまでみんなでヒントを出し合って応援しました。

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みんなが無事正解できたら、手話では実際にどう表現するのかをにっすぃー先生に教えてもらいました。

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コアラ!

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うさぎ!

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きりん!

初めての単語なのにみんなすぐに覚えてしまっていました。
やはりジェスチャーと直結しているから覚えやすいんですね~。

学びのそのサンは手話でうたを歌おう!
oioiの十八番である手話うたを教えてもらいました。
この日の曲はMONGOL800の「小さな恋の歌」です。
まずは、昨年oioiが済美カーニバルでパフォーマンスした様子をみんなでみました。
圧巻のパフォーマンス!
会話のための手話と、パフォーマンスとして魅せる手話はあんなに動きが違うんですね~。
この日はサビだけを教わりました。

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立場に立つ=~にとって

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大切

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響け!

みんなの覚える早さがとっても早くて、びっくり。
手話はもともとはジェスチャーから来ているということ。
言葉と動きにはもとから密接な関係があるので、飲み込みが早いのもうなずけます。
それは万国共通のようで、途中たまたま遊びにきてくれた台湾出身の卒業生もすぐに覚えていました。
ジェスチャーっていちばんボーダーレスな「ことば」なんですね。

サビをばっちりマスターして、この日のdo場は終了。
久しぶりにやった、という人も、初めてやった、という人もみんな口々に「楽しかった!次も来たい!」と言ってくれました。
これから継続してやっていくので、みんなの手話の上達とこの場がどうよくなっていくのかがとても楽しみです。
ご興味の持たれた方はぜひ一度ご参加ください♪

★6月度手話do場★
●日にち●6月12日(水)、6月26日(水)
●時間●17:00~18:00
●場所●ECCコンピュータ専門学校1号館205教室
●内容●
1、手話の基本(自己紹介、挨拶など)
2、手話ゲーム
3、手話うた など
●講師●
西﨑 隆志 先生(にっすぃー先生)
手話エンターテイメント発信ネットワークoioi副代表
ECC国際外語専門学校・コンピュータ専門学校 学生相談室 相談員
「手話をはじめて12年目になります。手話は目で見て通じ合う言葉です。手話でコミュニケーションを楽しみませんか♪ご参加お待ちしています。」

 

手話do(どう)場開催決定!!

こんにちは、井上です。
連日お知らせできることがあるっていうのは、活動が活発な証拠でいいですね~♪
嬉しい悲鳴ってやつですね。

 

さて、今日は新規イベントのお知らせです。
その名も「手話do(どう)場」!!! 

 

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手話do場。
すなわち「手話をdoする場所」=「手話をする場所」です。
なので道場っていうゴリゴリとした雰囲気ではないのでご心配なく!

 

講師には今年度より相談室の相談員としてお迎えした西﨑先生。
山口学園や済美地域で密かに人気を集めている手話エンターテイメント発信ネットワークoioiのパフォーマーと言ったほうが伝わる方も多いかと思います。

そんな西﨑先生が手話の基本からoioiお得意の手話うたまで教えてくれます。
といっても、授業のような形ではなく、コミュニケーションを楽しむ場として皆さんと一緒にたのしめたらなぁと思っています。
いやぁ、絶対楽しい場になるはず!!

継続的に行っていきますので、毎月の予定は随時こちらやホームページのトップでもお知らせしていきます。
みなさんのご参加お待ちしています!

 

★手話do場 概要★

●日にち ● 5月29日(水)  

●時間● 17:00~18:00

●場所● ECCコンピュータ専門学校1号館205教室

●内容● 
1、手話の基本(自己紹介、あいさつ等)
2、手話ゲーム
3、手話うた など

 ●講師●
西﨑 隆志 先生
手話エンターテインメント発信ネットワークoioi副代表、
ECC国際外語専門学校・コンピュータ専門学校学生相談室相談員
「手話をはじめて12年目になります。手話は目で見て通じ合う言葉です。手話でコミュニケーションを楽しみませんか♪ご参加お待ちしています。」

 

傷つきやすい人??

 

こんにちは。 「小春」です。

今日はさわやかな快晴で、ここ中崎町にも気持ちの良い青空が広がっています。

 

新年度が始まって約2週間がたちますが、皆さんいかがお過ごしですか?

大なり小なり、それぞれに何らかの環境の変化を感じておられるのでは?

変化への対応に苦労している人、新たな人間関係に戸惑っている人・・・

いろんな状況の中、年度当初は何かと気苦労も多い時期かと思いますが、

皆さん、つかんでおられますか? 「今の自分の気持ち」。

 

新たな環境そのものよりも、実はすぐには馴染めない自分自身に戸惑ったりいらだったり・・ということもあるかも?

        すぐに馴染める人、なかなか馴染めない自分。

       気にせず行動できる人、なかなか行動に移せない自分。 

こういった、否定の「ない」を含む表現には知らず知らずのうちにマイナスイメージが伴い、

それを言われた人・聞いた人に、元気や勇気を与えない・・ということも。

同じことでもどんな言葉で表現するかによって印象は大きく左右されますよね。

また、

「あの人は傷つきやすい人だから・・」と身近な人をためらいなく評する人には、

「もしかしたら自分は身近な人を傷つけやすい人間なのかも・・」といった発想・視点が欠けているようにも思えます。

 

新しい環境の中でいろいろな面で頑張っている人(自分を含む)を、

安易に「ない」のつく言葉やマイナスイメージの言葉で表してしまう「簡単さのマント」を脱ぎ捨て、

「今、何をどんなふうに感じているのか?」ということを少しじっくり確かめ、

そのことの持つ自分にとってのプラスの意味を探ってみてはどうでしょう?

 自分が今感じていることには「正解」も「不正解」もありません。

「今の自分にはそう感じられる」という主観的な「事実」があるのみです。

  

まずは置かれた状況の中で頑張っている自分自身に、温かな眼差しを向けてみましょう。

そして、「今そう感じている自分」を、「ない」を含まない言葉で表してみてください。

たったそれだけのことで、

「なかなか気軽に人と話せない自分」は、

「信頼できる人との深い対話を望んでいる自分」に変われるかも? 

 

単なる言葉遊びみたいでバカバカしいと思われるかもしれませんが、

言葉から与えられる元気・勇気が、自分の中の「可能性」を大きく育ててくれるかもしれません!!

連休中もしちょっとした時間ができたら、ぜひ一度試してみてください・・^^ 

思いがけず大切な気づきに遭遇するかも?!

 

  ・・・可能性を信じる、どこまでもポジティブな本日の「小春」でした~(^0^)/   

                                             ではまた・・♪

 

 

 

桜咲く・・・

 

こんにちは。 「小春です」。

今日はついに、ここ梅田に美しく開花した桜を見ることができました。

昨日は一日中降り続いた雨・・・。 まさに「花冷え」の一日でしたね。

お昼休みに外へ出たときに、満開かと思える桜に見とれながら歩いていて、

思わず目も足も止められる風景に出会いました。

それは・・・。

かなりの樹齢では・・?と思われる古い樹のごつごつした茶色い幹に、

直接うす桃色の桜の花がいくつも咲いている姿でした。

歴史を感じさせる樹に咲く可憐な桜の花・・・。

 

いくつになっても心の中に美しい花を咲かせつつ

人との温かな関係の中で、大切な年月を重ねていけたらいいな・・と思います。

 

心の中の桜は、季節を問いません。

今日は私の心の中は「満開の桜」でした。「感謝」という名の花だったかも・・・。

 

気温の低い日が続きます。 皆さまどうか風邪など召されませんように・・・。

ではまた・・^^/

 

 

小さい頃は・・・(完結編)

 

こんにちは。 「小春」です。桜のつぼみもいよいよ開花を待つ頃となりました。 皆さんいかがお過ごしでしょうか?

今日は、延々と継続している「ネタ」を何とか「軟着陸」させるため、少々焦りながらやってまいりました。

 (社会貢献センター&保健室&学生相談室の引越しなどもあり、「え~っと、どこまで書いてたっけ・・・?」っていうくらい間が空いてしまったのですが・・^^;)

 

では、前回(正確には前々回)書いたピーボ・ブライソンについての続きから・・。

 

全席招待客のみというこの無料ライブに幸運にも参加できた私は、当日、とにかく自分にとっては未知の(しかし!実は世界的に有名な・・)アーティストとの思いがけない出会いにただただ「感動」してすっかり心が温まり、幸せいっぱいで家路に着いたのです。

ここで、簡単に人物紹介を(私は全く知らなかったのですが・・^^;)。

ピーボ・ブライソンは1951年生まれのアメリカのソウル/R&B歌手で、ソフトロックバラッドの名手と言われ、女性歌手とのデュエットでもよく知られています。中でも、セリーヌ・ディオンとのデュエット曲、ディズニーアニメ『美女と野獣』の主題歌、”Beauty and the Beast”で、1992年のグラミー賞を受賞。翌1993年には同じくディズニーアニメの『アラジン』のテーマ”A Whole New World”をレジーナ・ベルと歌い2年連続で賞を獲得。歌い手としてだけでなく、プロデューサーとしてもその力を認められているようです。

 

・・・という華やかな経歴を持つこの人の何に一番感動したかというと、圧倒的な歌のうまさや声量はもちろんですが、それ以上に、この人が世界的に有名だということさえも全く知らなさげな人々(幸運な招待客・・単なる梅田ショッピング街の買い物客・・例えば私みたいな人・・)を含む、全ての観客に対するフランクでフレンドリーな「接し方(向き合い方)」に、でした。

日本で名の知られた今をときめく共演者が皆、「同じ舞台に立てるなんて夢のようだ」・・と口をそろえていたこの偉大な肩書きを持つアーティストは、幅広い年齢層の多様な人々で埋められた観客席で、歌いながら目と目を見合わせ握手しながら時間いっぱいを過ごし、この人が誰かも全く知らなかった人までをも、この短い時間にどんどん自分の世界に引き込んでいきました。私もまたしかり・・。

その後、この素晴らしい時間を思い返しながら、歌以上に「これほどの大アーティストなのに、どの出演者よりも身近な感じがするのは一体なぜなんだろう・・? 」「この特別な感じのするアーティストはどんな道のりを経て誕生したんだろう?」 ・・と、歌以上にピーボ・ブライソンという人物への関心が高まる一方。この人のたどってきた「歴史」をぜひ知りたい・・と思い少し調べてみました。しかし、アーティストとしての華々しい業績を紹介しているものばかりで、「人」としての足跡をたどった資料にはいきあたらずそのままになっていました。

そんなある日、偶然テレビの衛星放送で特集をやっていて、ご本人の歌に対する思いを聴き、「ああ・・なるほど・・」と深く納得したのでした。それは・・・

「歌には人それぞれにとっての思い出・思い入れなど背景がある。大切なのは歌い手と観客がその時その場で時間を共有するということ。つまり感動をShareすることが大切。自分の大好きな歌を、観客にも好きになってもらいたい・・、そう思って歌っている」というもの。(この話に深く感動したのですが、言葉一つ一つにはうろ覚えの部分もあるので、後日再度見ることができたら修正したいと思います・・^^;)

同じ歌を歌っても、その時その場にいる観客はその時々で違う。歌い手と観客が二度とない出会いの中作り出す空間で、ともに起こす「化学変化(番組司会の方の言葉)」。感動をともに作っている、時間を共有しているという感覚で、どんなお客さんをも大切にして歌を届けてくれていたからこそ、あの素晴らしい特別な時間が生まれていたんだなぁ・・と、観客席でそれを実感する機会をもてたことに改めて感謝した次第です(「人物の歴史」については、また今後知るチャンスに恵まれることを楽しみに待ちたいと思います)。

 

実は先日セリーヌ・ディオンの大阪ライブ(JAPANツアー最終日)にも行きました。ドーム会場に響き渡る素晴らしく伸びやかな歌声。まさに「歌姫」でした。しかし、私が最も感動したのは、東京・大阪と連日ドーム会場に何万人も集めて観客を酔わせるこのアーティストが、最後に観客席を通って会場を去るとき、ステージ上にいたときとは別人のように小さめに見える体いっぱいで、感激に涙ぐみながら観客に手を振っている姿でした。

 

あの幼い日、近所の人の存在など眼中になく、ただ歌いたいから歌っていただけの私(^^;)は、数十年を経て、歌が好きという気持ちをいろんな形で思い出すとともに、歌そのもの以上に「どんな人なのかしら・・?」「今どんな気持ちなのかしら・・?」ということに深い関心を持つ「私」になっていたのでした。

 

「人に歴史あり」・・・。

こんな私にも一応それなりの「歴史」があった証?(「常識」と「迷惑」を知っただけかも?ですが・・^。^;)

 

・・・ということで、長々引っ張ってしまったこの話題は今回(またもや長文・・><)で終了いたします。

ご不満だらけの方もあるかと思いますが、どうかご許しくださいマセ・・m(V。V)m

 

では、また~^^/

 

 

小さい頃は・・・(つづき)

 

こんにちは。「小春」です。

「ひな祭り」の日を迎えてもなお、まだまだ空気が冷たいですね。

 でも、センター周辺の桜の木をじっくりよく見てみると、茶色い枝先のつぼみが膨らんできているのがわかります。

目や肌で実感できる春はもう「すぐそこ!!」まで来ていますね^^ 

(もうすでにクシャミヤ涙で強烈に実感している方もたくさんおられるでしょうが・・・) 

 

では、ここからは前回のつづきを・・・。

 

ご近所の迷惑を顧みず、「屋根の上のステージ」を満喫していた幼い私の「その後」は・・・?

中学生になってクラブ活動が始まり、運動することに忙しくなったこともあり、

「屋根上ステージ歌手」としての「自主活動」は自然消滅。

その後、この家からも引っ越したため、

ご近所の方々は私の歌を無理やり聞かされる・・・という「迷惑」から、 永久に解放されることとなりました。

私の「活動場所」は、引越し後の家の「玄関」・「お風呂場」・鼻歌・・・とスケールを縮小していき、

やがて大人になると、本当にたまにしか行かない「カラオケやさん」という定番に落ち着き、

「歌や音楽が好き!」という気持ちそのものは、あまりにも忙しい日常の中でどんどん失われていきました。

「そういう自分だった・・」ということすら忘れていた期間がずいぶん長かったような気がします。

その後、社会人学生を経て、新たな道を進むことを選んだ私は、

いろいろなことを思い出したり、気づいたり・・・という日々を得ました。

自分が歌を歌うことだけでなく、心に響く歌を聴く大きな喜びや感動があるということも新たに発見しました。

 

先日、ここ梅田にあるショッピング街主催のお客様招待ライブに参加する機会を得、

ピーボ・ブライソンというアーティストの存在を初めて知りました。(「歌が好き」などと言いながら、実はこのあまりに有名な方さえも知らない・・・それが私の実態。私の好きな「歌」は、小学校の音楽の教科書から始まり、本当に狭い狭い範囲だったんです・・・^^;)

この人の歌を聴いて、私が感じたことを次回の「ネタ」にさせていただだくことをお許しいただき、

今日はこの辺で・・・。

 

つまり、この取り留めない話は2話では完結せず、さらに続くということです・・・(汗)。 

スミマセン・・・

 

 

 

小さい頃は・・・

こんにちは。 久しぶりに書かせていただきます。 「小春」です。

月曜日に祝日が重なったことに加え、打ち合わせなどでこちらにたどり着かないままの日が続きました。

今日も私事満載の文章に、お付き合いいただければ幸いです。

 

小さい頃の私は歌うことがとても好きで、

小さいからといえども、あまりに大胆な行動をとっていたな・・と、顔から火が出る思いです。

それは一体どんなことかというと・・・

繁華街から少し外れた、割合静かな住宅地のど真ん中、

自宅の2階の瓦屋根の上にすっくと立ち、

アイドル歌手がステージの上で歌うがごとく

ご近所中に向けて、当時はやっていた曲を大きな声で気持ちよく歌う

・・・という、「大胆」を通り越して、もうまさに「恐るべき」行動です・・・。(汗・・・苦笑・・・  そして、涙・・・ )

当時の私が細心の注意(?)を払っていたのは、

自分の歌(というか、遠慮の「え」の字もなく、大声で歌うという行動そのもの)を、

ご近所の方がどう思ってらっしゃるか?ということではまったくなく、

自分の足元の瓦をうっかり割ってしまわないか・・ということでした。

なぜなら、その「事態」が「雨漏り」という形となって、

私が、日常的&伸びやかに「しでかしていること」が両親にばれてしまうからでした。

ご近所の方々に対しては、不思議なことになんら恥ずかしさを感じていないのに、

両親に伸び伸び楽しんでいる自分を知られることには、

何ともいえない恥ずかしさとバツの悪さを感じていたな・・・と改めて当時の気分を思い返しています。

 そんな私がその後どうなっていったか・・・?

「そんなのだ~れも関心ねぇ~♪」って言われそうですが、ここから先は、次週に。

 

(こんな内容を分割してまで書き込むという「行動」をどうかお許しください。

このままだと、ずっとブログへの書き込みが途切れたまま・・になってしまいそうですので・・・。)

 

ではまた来週・・・^^

 

 

 

夕焼け・・・ (続き)

こんにちは。 前回の続きを書きにやってまいりました。 「小春」です。

先週は、吉野弘さんの『夕焼け』という詩を書いたまま終えさせていただいたのですが、

あの詩を読まれた皆さんはどのような感想をもたれたでしょうか?

 

私が久しぶりにあの作品を思い出したのは、 大人同士の人間関係の中でふとオーバーラップする場面に出くわしたからなんですが、 今もこの詩が好きだけれど、作品についての私自身の感じ方は以前とは違っているな・・・という 思いがけない発見もありました。

 少女の「やさしさ」と、その「やさしさ」ゆえに遭遇してしまった他人の「つらさ」、自分の「つらさ」・・・。

ずっと以前の私は、はっきりと言葉にしたことはなかったけれど、この詩が好きという気持ちの中に 「人はやさしさを持つべきだ」、「やさしい人が傷ついてしまう世の中であってはならないのでは?」・・・そんな思いを多分に含んでいたように思います。

今わたしが思うのは、少女の「つらさ」に気づいている人(少なくとも作者は気づいていますよね?)がいてよかったな・・・ということです。

そして、この詩が実際の光景をそのまま描いたもなのかどうかは?なのですが、 もしかしたら作者以外にもいたかもしれない「気づいている人」は、その後どのようにしたのかな・・・? 今のわたしにはそこが最も気になるところです。

人にはいろんなタイプがあって、同じ人でもその日その時で余裕があったりなかったり、自分自身のことだけで頭が一杯だったり・・・。 哀しいかな、いつも自分の考える望ましい姿ではなかなかいられないと思うのですが、誰かの「つらい状況・つらい気持ち」に気づいたとき、果たして自分はどうするのか??

この詩の中の「少女」の「つらさ」の質は、それによって大きく変わるのではないか??そう思うのです。

気づかなかったふりをすること、それはもしかしたら本当に気づかないこと以上に、誰かの「つらさ」を増幅させてしまうことかも。 しかし、気づかぬふりをするしかなかった、その人の「つらさ」も実はあったり・・・。

・・・こんな風に考えているとキリがないみたいですが、 「あなたのつらさに気づいていますよ。」たったそれだけの意思表示の勇気を持つことが、 だれかを「つらさ」の底からすくいあげることがあるかもしれません。もちろんそんなに簡単にいかないことも多いでしょうが・・・。

 

いろんな人々が、多様な事情を抱え、多様な感じ方をしながら交差する様々な場面で、 「いい」「悪い」で振り分けられない数え切れないことを共にしようとするとき、 互いにどんなことを伝え合っていくのか?が大切なんだと改めて思います。

 

言葉によるメッセージであっても、言葉以外のメッセージであっても。

 

 

 

夕焼け・・・

こんにちは。2週間ぶりの「小春」です。

ここに書かせていただくようになり、「次はどんなことを書こうか・・?」と、何気ない瞬間にもふと考えるようになり(非常に楽しくもあり、ちょっぴり悩ましいときも??まだ始まって間もないのに・・・^^;)、また、スタッフの皆さんの新たな書き込みを今まで以上に楽しみに読ませていただくようにもなりました(いつもありがとうございます)。

そして!!この度は学生さんも登場され、さらに楽しみが増えました^^!!

今日は「相変わらず」の私の文章ですが、「目標」に近づくための秘策(単に前後半に分けるというだけのことです。・・すみません)を思いついたので、よければお付き合いください。

 最近、趣味の習い事等を通じ大人になってから出会った「友人」とご一緒する機会が新たに出来、とても新鮮に感じています。・・と同時に、やはり複数で何かを進めようとすると年齢に関係なくいろんなことが起きるものだなぁ・・ということも実は実感していて、先日はずっと以前から心に深く残っている詩を久々に思い返しました。

吉野弘さんの『夕焼け』という詩です。ご存知の方も多く、感じられることもきっと多様だと思いますが、今日はここにその作品を紹介させていただいて、続きは次回に・・・ということにさせていただきたいと思います。

 

                         夕焼け

                  いつものことだが 電車は満員だった。

               そして いつものことだが 若者と娘が腰をおろし 

                       としよりが立っていた。                       

               うつむいていた娘が立って としよりに席をゆずった。

                      そそくさととしよりが坐った。

                    礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 

                           娘は坐った。

                 別のとしよりが娘の前に横あいから押されてきた。

                          娘はうつむいた。

                しかし また立って 席を そのとしよりにゆずった。

                     としよりは次の駅で礼を言って降りた。

                            娘は坐った。

            二度あるとこは  と言う通り 別のとしよりが娘の前に押し出された。

                             可哀想に 

                   娘はうつむいて そして今度は席を立たなかった。

                             次の駅も 

                             次の駅も 

                   下唇をギュッと噛んで 体をこわばらせてーーー。

                           僕は電車を降りた。

                           固くなってうつむいて 

                          少女はどこまで行ったろう。

                           やさしい心の持ち主は 

                   いつでもどこでも われにもあわずとして受難者となる。

                                何故って

             やさしい心の持ち主は  他人のつらさを自分のつらさのように 感じるから

                          やさしい心に責められながら

                          娘はどこまでゆけるだろう。

                               下唇を噛んで

                               つらい気持ちで

                            

                            美しい夕焼けもみないで

 

 

 

 

 

今年は・・・

あけましておめでとうございます。 「小春」です。

皆さま、お正月休みはどのようにお過ごしでしたでしょうか?

さて、今日は2008年仕事始めの月曜日ですので、恥ずかしながら私の本年の目標(公私ともに)を。

  (昨年12月下旬に参加させていただいた研修で、深く胸に響いた講師の先生のお言葉を胸に・・・)

今年(から)は、「自分が本当に大切にしたいこと(もの)は何なのか?」という問いと向き合い、

自分自身の思いを確かめながら未来に向かって日々を重ねていきたいと思います。

この壮大な(!)目標を少しでも実現させていくためには、

いろいろな場面での多くの方々との出会いや時間はもちろんのこと、

自分自身との対話・コミュニケーションをも、これまで以上に大切にしていく必要があると強く感じています。

  

 そして・・・(まさに蛇足)、

  もう一つの秘かな目標(・・といっても年末にすでに書きましたが・・)は「簡潔に書くこと」です。

  非常に苦手なので時々思い出して(笑)は、その都度新たに心がけていきたいと思います。(^^;)

 

           本年もどうかよろしくお願いいたします 笑顔

     

 

「電話は苦手」の意味

 こんにちは。今週もやってまいりました。「小春」です。今日はとてもよいお天気で、窓から見える風景も何だか違って見えるようです。

  さて、本日は前回に引き続き、会話に関する私の経験(失敗?)談を。

 私が社会人学生だったころ、同じゼミの若者たちと電話の話題になったときのことです。ある男子学生が「込み入った話の場合は電話ではちょっと・・・。うまく伝えられる自信がない。」と言いました。確かに電話は顔が見えない分相手の反応が感じ取りにくいし、声や話し方の特徴から誤解を与えたりすることも。だから、重要な案件はできれば直接会って話すほうがよいとも言われます。

 そこで私を含めた何人かが深くうなずきつつ「同感!電話で大切なことをきちんと伝えるのは難しいよね。注意が必要な大事な内容ならなおさら緊張もするし・・」と口々に経験談を話し始めました。

 するとその時、日頃から彼と仲の良い学生がひとこと。「電話だと自分の姿が相手に見えないからプラス要素がないっていう意味で言ってるんやろ?」 かの男子学生はニッコリして言いました。「うん!会って話す場合ならたいていはうまくいく自信があるんやけど・・・。」私たち「・・・・・・・。」

 そうです。彼は非常にさわやかな風貌の好青年。会って話す人には言葉以前にまず「好印象」を持ってもらえるという自信も「実績」もあったのでしょう。その話しやすい状況の中ならばうまく伝えられるけれど、電話の場合はその事前の「プラスアルファ」がないので・・という話なのでした。

 この男子学生の、自分自身の特性とセールスポイントを大いに自覚した「プラス思考」と、それを皆にあっけらかんと表明する「天真爛漫さ」に、ただただ「脱帽」。何ともいえない新鮮さを感じるとともに、人の話を自分との共通部分につい引き寄せて聴いてしまい、すっかり相手を理解したような気になってしまうことがあるということを心に刻んだ、印象深い出来事でした。「今また自分はそうなっていないか・・?」と、時に自分を振り返る必要があると感じています。

 

ある日の出来事

 こんにちは。皆さまいかがお過ごしでしょうか? 2回目登場の「小春」です。

 いよいよ12月に入りました。まだまだ年末までには時間がある!と思いながらも、ふと「師走」という言葉を思い浮かべると、やはり何となく焦りを感じてしまいますね。 

 そんな私が、思いがけず認識を新たにしたある日の出来事。

 気心の知れた何人かの方々と会食したときのこと。その方々にずっと以前から勧めていただいていることに私が未挑戦であるということが話題に。「実はそれと似た違うことに関心があって・・」と正直に話した後、勧めてくださった方々への申し訳なさから「私ってへそ曲がりですよね・・ 天邪鬼(あまのじゃく)・・^^;」と自嘲気味に言葉を付け足したところ、その中の外国人の方が「それはどんな意味ですか?」と質問。とても日本語が堪能な方なので、皆が口々に例などを交えつつ説明を始めたのですが、聞いているとそのどれもが私の抱いていた「へそ曲がり」「天邪鬼」という言葉のイメージよりもかなり悪い・・(汗)。勧めたことをやらない私への怒りからそういう説明になったというのではなく、やはり言葉そのものに抱いているイメージの違いを実感。その語を自分自身について使った私は慌て、みなの説明に「なるほど・・」と納得しているその方に、私のイメージからの苦しい説明を試み、ついにはその場にいた皆さんに「正直言って、今とっても焦っています。必死でへそ曲がり・天邪鬼をフォロー中です・・」と情けない告白。皆の大笑いを浴びました。

 思えば、言葉はとっても便利なものである反面、それぞれの言葉についてのイメージが違っていることに気づかぬままだと、その言葉を使えば使うほど驚くような行き違いや誤解を生む危険性もありますね。辞書的な意味の単純な覚え間違いだけでなく、その言葉にまつわる感情的な体験などからくるイメージの違いなどもあるのではないかと思います。後者の場合はまさに「聴いてみないと、話してみないとわからない」ことですね。

 何だか会話がかみ合わないな、話せたという実感が得られないな・・・と感じるときは、実はそんな小さな「ズレ」がそのままになっていることがあるのかも。かみ合わない会話に気づきながら表面的なやりとりをただ続けるばかりではもったいない! 「もしかしたら・・?」と考えてみる柔軟さや、それを相手にフランクに尋ねてみる小さな勇気を持つことで、初めは遠く感じた相手との距離がかえって一気に縮まる・・なんていう予想外の嬉しい展開もあるかもしれませんね。

 今回は日本語を母国語としない方の素朴な質問から、日常忘れがちな、「言葉」の思いがけない一面に改めて気づくことができ、よかったなと思っています。 

 ちなみにその後の私は・・というと、辞書的な意味プラス「・・でも憎めない人」といったイメージでわが子にもよく向けていた「へそ曲がり・天邪鬼(その他「つむじ曲がり」なども)」という言葉を、口にしそうになっては飲み込むことが増えました。わが子がどんなイメージでその言葉を聴いているか、これまで一度も考えてみたことのない自分だったということにも気づかされたというわけです・・・(反省)。

 

 

はじめまして

初めてブログに書かせていただきます。「小春(こはる)」こと相談室の小原です。「思ったことを思ったままに・・」とのおススメにより本日より参加させていただくことになりました。ペンネームを採用させていただき、少し肩の力を抜いて日常の中で感じたことを思いつくままに書き綴っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 まずは、なぜ「小春」なのか・・?について、その由来を簡単にご紹介。何かいい名前はないかな・・?と考えたとき、この季節にゆかりのある言葉で、偶然にも「小原」に近い文字と音だし・・ということで実はあっさり決定。もしかしたら若い方々にはなじみが少ないかもしれませんが、「小春」は陰暦10月の別名で今の11月に当たります(今日はまだ11月・・ギリギリセーフ!)。これよりもよく知られた言葉に「小春日和(こはるびより)」がありますが、これは「11月ごろの、春を思わせるおだやかな日」のことです。寒い時期にひょっこりと訪れる、ホッとさせてくれるような暖かな日・・・。ほっこりとした温かな雰囲気のこのブログにピッタリの名前かも?と自画自賛しつつ、仲間入りさせていただけることを喜んでいる次第です。

 

 と、はじめのご挨拶が長くなってしまいましたが、ここからは私の好きなものについて書きたいと思います。それはズバリ「空」です。道を歩いていて「あっ!きれい!!」と携帯を取り出し立ち止まって撮影することもしばしば。しかし、自分が目にして「オッ!」と心を動かされた空の景色を、丸ごと写真におさめられるかというとそれはやはりなかなか難しいですね。以前書店のバーゲンで空(雲)の写真ばかりを集めた小ぶりのカレンダーを発見し大喜びで購入。数年たった今もその写真を残していて家に貼っています。どれもみな心ひかれる本当に素敵な「空と雲」の写真。

でも、ある日ふと考えました。この素晴らしいカレンダーの写真と、いまひとつうまく撮れた感じがしない自分の携帯の写真。なぜかやっぱり携帯の写真の方に惹かれるな・・、何でかな・・?って。そしていろいろ思いを巡らせ改めて気づいたのは、その実際の風景のこちら側に「自分」がいるかいないかという違いなんだろうな・・ということです。

 景色を写した美しい写真は無数にあるけれど、自分自身にとって意味ある光景(その時そこにいて見ていたというだけであっても)に、やはり惹かれるんだなぁ・・と。景色そのものが美しいのではなく、それを美しいと感じている自分自身の存在を実感しつつ、私たちはきっと目に映る光景を心に刻みながら日々を重ねているのでしょうね。同じ景色を前にしても、人それぞれに「美しい」だけでない多様な意味を感じ取りながら・・・。

 

 初回から取り留めなく長々と書いてしまい申し訳ありません。初書き込みにドキドキしつつ、今日はこれにて失礼いたします。

 

雨の中崎町

みなさま、社会貢献センターの藤本です。こんにちは。先週の金曜日も曇り空でしたね。でも、どちらかというと、今日のような天気が好きです。自分でも理由がわかりません。雨の日に部屋にこもって本を読んだりするのも好きなのですが、街をそぞろ歩きするのも大好きなのです。当センターが中崎町にあるということもあって、中崎町周辺を散策する機会も増えました。古き良き時代の下町の風情と、梅田から近いという土地柄もあって近代化したオフィス街という部分とが、渾然一体となってとても魅力的な街だと思います。そして、古き良き時代を象徴するように残っている家屋を、そのおもむきを変えることなく、若い人たちが個性的なショップ等を数多く展開されているのも大きな魅力の1つだと思います。そんな魅力あふれる街、中崎町を、当センターのスタッフが隔週の金曜日に、ECC各専門学校の学生や中崎町の有志の方々と中崎町周辺の清掃活動(クリーン中崎町)を実施しておりますが、10月31日(水)にも、この清掃活動を学生と中崎町の方と実施いたします。学生さんたちに、清掃活動を通じて中崎町の魅力の一端でも感じとってもらうとともに、少しでも地域の方々との交流をはかる機会があれば素晴らしい体験になると思います。
 

またまた映画の話題ですみません

 センターの藤本です。今日は午前中に雨が降りましたが、打ち水と同じような効果があったのでしょうか?それとも「焼け石に水」なのでしょうか?・・・と、今回も「暑さにぼやく」書き出しになっていまいました。   今回は映画の話題です(これもパターン化している気もしますが・・・)。ちょっと前に気になる映画があって、時間の都合がつけば観にいこうと思っていたところ、気がつけば上映期間が過ぎていました。縁がなかったとあきらめていると、おなじ映画館で上映期間が延長されているではありませんか。「はは~ん。さては評判が良かったか、お客さんの問い合わせが多かったかして、上映延長に踏み切ったな」と名探偵ばりの推理をはたらかせ、俄然観にいく気になりました。観てきました。「フリーダム・ライターズ」という映画です。学校で一番荒れているされているクラスに女性教師が赴任してくる。この教師がどのようにして、クラスをひとつにまとめてゆくのかというところが、この映画の見どころかなと思いますが、ひとつのツールとして「日記」が使われます。心を完全に開いていないとおもわれた生徒たちも、日記では各自の心のうちを素直に綴ることができるのです。私も一時日記をつけていたことがあるのですが、一ヶ月の3分の2を「特になし」で済ましていたのを考えると恥じ入るばかりです。クラスをひとつにまとめるだけではなく、この教師には、学校のシステムや主人公のやり方に不満を持つほかの教師との軋轢など、まだまだ乗り越えなければならない壁が立ちはだかっています。この映画のキーワードは「物語」ではないかと思います。クラスで一番目立たない生徒が自分の「物語」をかたることによって、クラスがひとつになるというシーンがあるのですが、このシーンがこの映画のキモではないかなと思いました。お薦めできる映画です。またまた上映期間終了後、DVD発売前の映画をご紹介させていただきましたが、レンタルビデオ店などで目に留まった際には鑑賞されることをお薦めします。                                                             

 

お祭りの季節です。

 センターの藤本です。今日も暑いです。これからもどんどん暑さが増してくるのでしょうね。そんな暑さを吹き飛ばすイベントといえば夏祭りではないでしょうか。いくつになっても子どもの頃のワクワクドキドキの高揚した気分がよみがえる(私だけでしょうか?)数少ないイベントです。

 最近は大規模な花火大会が夏の風物詩としての存在感を増すなか、各地の小学校の校庭で行われる盆踊り大会のような、地域の交流会というおもむきは、花火大会やTV中継されるような大きなお祭りでは味わえない魅力があります。というわけで、今年の8月4日(土)・5日(日)にECC専門学校各校のある中崎町の、もと済美小学校において盆踊り・カラオケ大会・子どもゲーム・屋台など盛りだくさんのお祭り「済美カーニバル」が行われます。

 うれしいことに山口学園からECC社会貢献センターがこのお祭りに参加させていただくことになりました。当センターではフェアトレードの商品を、フェアトレード&エコロジーショップINE(アイネ)さんのご協力を得て、販売させていただきます(※フェアトレードについては社会貢献センターのHPをご覧ください)。

 この機会に地域の方々との交流をはかること、遠方から足を運んでくださった方々にもフェアトレードを知っていただくことを目標に準備にとりかかっています。「済美カーニバル」にお越しになられた際には、社会貢献センターのブースをぜひのぞいて見てください。

 

「自分の気持ちをきちんと伝える技術」

こんにちは、東口です。社会貢献センターには、心身の健康・コミュニケーション・教育・環境・国際協力など、いろいろなテーマの本が並んでいます。誰かと出逢って、一緒にいることが、とても素敵なことであるのと同じように、それぞれの本との出逢いを楽しんでほしいなと思っています。今日はコミュニケーションに関する1冊を紹介します。『自分の気持ちをきちんと伝える技術』というタイトルのこの本には、「人間関係がラクになる自己カウンセリングのすすめ」というサブタイトルがついています。一人ひとりの違いを認め、気持ちのよいコミュニケーションを交わすための考え方とスキルが図解入りで書かれ、自分も相手も大切にする「アサーション」のあり方が、とてもわかりやすく伝えられています。「自分の気持ちをきちんと伝える」ためには、まず「自分の思いや気持ちをありのまま受けとめてみる」ことから始め、「その思いや気持ちをできるだけ正直に言葉にしてみる」こと、そして「その影響や効果を考えて、表現を変えたり、相手をフォローしたりする用意をする」必要があります。一人ひとりが、「自分の気持ちをきちんと伝える」ことと、「相手の気持ちをきちんと聴く」ことを心がけて、いろいろな場面を気持ちよく過ごしていきたいですね。《参考・引用》『自分の気持ちをきちんと伝える技術』、平木典子著、PHP研究所、2007.6.8